直木賞作家、奥田英朗氏の本です。
標記の「罪の轍」という本を読みました。
作者は奥田英朗氏。
「邪魔」や「無理」のような犯罪小説を書くかと思えば、ドクター伊良部が活躍するシリーズのようなコミカルな作品も書く、幅広い作風の作家さんです。
この作品は戦後最大の誘拐事件と呼ばれた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」をモチーフに描かれています。
「罪の轍」の簡単なあらすじ
舞台は東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年の日本。
豆腐屋の息子、吉夫ちゃんが行方不明になります。
やがて、誘拐犯から身代金を要求する電話がかかってきたことから、誘拐事件とわかります。
しかも、警察は犯人に金を奪われ逃げられるという失態を犯します。
やがて、警察は北海道から上京していた宇野寛治という男を容疑者として逮捕します。
まだ、電話もろくに普及していなかった時代。
警察に誘拐犯と対決するノウハウがなかった時代。
警視総監から若い刑事までがそれぞれの思惑を持ち行動しますが、容疑者はなかなか口を割りません。
容疑者は子供の頃に父親から虐待を受けていて、一時的に記憶がなくなる脳機能障害を持っていたのでした。
しかし、刑事たちの執念のこもった捜査によって、徐々に容疑者のアリバイは崩されて行きます。
やがて、容疑者も記憶が蘇り、供述を始めるのですが……
私的感想
この作品は誰が犯人かというのを推理するものではなく、容疑者が本当に犯人なのか、その動機はなんなのか……というものを想像しながら読む作品です。
また、当時のまだ戦後の匂いを残す日本社会について、非常にリアルに描かれています。
警察とヤクザが互恵の関係だった時代。
労働組合や組合の弁護士が強い力を持っていて、警察と戦っていた時代。
精神鑑定なんてものがなくて、科学的な捜査といえば、指紋鑑定くらいしかなかった時代。
警察署同士のメンツをかけた縄張り意識が強かった時代……
これらの描写が非常にリアルで絶妙に話の要所要所で絡んで来て、読者を当時の日本社会に引き込んでくれます。
この辺は作者の代表作でもある「オリンピックの身代金」での知識が役立っているのではないでしょうか。
2019年の発売なので、東京オリンピック一年前という同じ状況を意識して描かれたのでしょうか。
モデルとなった事件同様、被害者は悲劇的な最後を迎えることになるわけなので、読者としてはなんともいえない複雑な読後となります。
ですが、読んでみてよかったと思わせてくれる作品でもあります。
600ページ近い分厚い本なので、一瞬、読み始めるのを躊躇してしまいます。
しかし、序盤は少し読むのに疲れましたが、中盤に入るあたりからページをめくる手が止まらなくなり、夢中になりました。
この作品、いつかは映画化されるんじゃないですかね。
とにかく、圧倒される一冊でした。
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