標題の本「テスカトリポカ」を読みました。
著者は佐藤究氏。
この小説で直木賞と山本周五郎賞をW受賞されています。
元は純文学作家だったそうですが、方向性を変えて「QJKJQ」という作品で江戸川乱歩賞を受賞。
再デビューをされたという珍しい経歴の持ち主です。
テスカトリポカとはどんな話?
タイトルの「テスカトリポカ」というのはアステカ王国で信仰されていた高位の神の名前です。
「煙を吐く鏡」を意味するとのこと。
名前からはどんな神様かイメージしにくいですが、作品の最後で何を象徴しているのかわかります。
この神を祀る祝祭では、大事に育てられた少年の心臓が捧げられたと伝わっています。
この心臓というのも作品内で重要なキーワードとなります。
舞台はまず、かつてアステカ王国があったメキシコから始まります。
メキシコのとある町では麻薬密売組織が強い力を持ち、恐怖による支配をしていました。
しかし、麻薬密売組織も一つではなく、組織同士の抗争もありました。
この抗争に敗れたバルミロという人物が国外へ逃げ、インドネシアのジャカルタにて末永という元医者と出会い、闇のビジネスを始めます。
闇のビジネスというのは臓器売買でした。
このあたりが心臓を捧げるというアステカの神話と絡んでいるわけですね。
一方、日本の川崎市には土方小霜(ひじかた・こしも)という日本人とメキシコ人のハーフの少年がいました。
小霜少年は身体こそ大きいものの、ろくに教育を受けることができず、小学生並みの知識しかありませんでした。
純粋無垢な精神を持っているのですが、粗暴なところもありました。
やがて薬物中毒の母が彼に危害を加えて来たのをきっかけに両親を殺してしまい、少年院に入ることになります。
バルミロと末永のビジネスは他の闇医者などを巻き込み、ついに日本に進出します。
拠点となったのは川崎市でした。
バルミロは独自の鍛え方で暗殺者集団を作り上げ、その恐ろしさは他の闇組織にも恐れられていました。
小霜少年もスカウトされ、鍛えられます。
臓器売買ビジネスは、当初貧しい国の子どもたちの臓器が取引されていました。
しかし、臓器を買う金持ちたちが子どもの素性や臓器の質にこだわるようになったため、大気汚染の少ない日本人の子どもたちが最適と考えられたのでした。
バルミロと末永は闇の世界に通じた住職が作った寺の地下室に育児放棄された子どもたちを集め、頃合いを見て、子どもたちの臓器を取り出し売りさばいていました。
子どもたちを育てる保育士がいるのですが、彼女は子どもたちが養子にもらわれていったと信じていて、哀れを誘います。
彼女もまた薬物中毒者ではありましたが。
順調かと思われたビジネスですが、やがて仲間内で裏切る者が現れ……
あとは実際に読んでみてください。
私的感想
読んでいて、最初に思ったのは怖い小説だなということでした。
薬物、暴力、殺人、臓器売買……これらが実にリアルに描かれていて、現実にもこんな世界があるのではないかという恐怖を感じます。
特に暴力描写は凄まじいです。
メキシコ社会って、裏ではこんなに怖いのかという恐怖も感じました。
「登場人物全員悪人」と宣伝された映画がありましたが、この作品も登場人物全員悪人といって差し支えないです。
クライムノベルというカテゴリーに入るのでしょうが、ホラーと考えてもいいかもしれません。
登場人物の視点が何度もかわり、誰が主人公かわかりにくい面こそあるのですが、それぞれの育って来た背景が実に重厚かつ丁寧に描かれています。
そこにアステカの神話が違和感なく絡んでいます。
作中には頻繁にスペイン語が使われていて、神話共々、作者はかなりの資料を読み込んだのだろうなと想像できました。
あえて気になるところといえば、登場人物たちの紹介が長すぎて、全員が揃って話が動き出してからは少しあっけないようにも感じられました。
しかし、読み終わったあとの「圧倒的な作品を読んでしまった」という気分は、なかなか味わえない感覚です。
553ページにも渡る分厚い本で、文章も平易とは言えないのですが、引き込まれて一気に読んでしまいました。
暴力描写が多いので、読む人を選ぶところがありますが、ハマれる人はとことんハマれると思います。
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